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東京教育研究所

東京教育研究所の概要

教育実践の叡智を「シェア」すること

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東京教育研究所のマークの紹介

東京教育研究所が創設25周年を迎えた昭和53年にマークが制定されました。このマークは漢字の「教」の字を基にデザインされました。東京教育研究所の研究報告書「東教研研究報告」のVol.1が1979年(昭和54年)に刊行されましたが、そのときからこのマークを使用するようになりました。

教育実践の叡智を「シェア」すること

東京教育研究所顧問 谷川 彰英

 東京教育研究所の設立は昭和28年(1953)というから,すでに64年の長い歴史を経ていることになる。私が所長に就任したのは平成20年(2008)のことで,その時点から現在の研究組織がスタートしている。現在「学校経営部会」「教員研修部会」「研究開発部会」の3つの部会に分かれ,その下に計12の委員会が設置され,それぞれ年間計画を定めて研究を推進し,報告書が刊行されている。

 各委員会を任されている主任研究員はそれぞれ小中学校で長い教員生活を経験されてきた方ばかりで,校長経験はもちろんのこと,教育長などの役職を経て現在大学で教職課程を担当する大学教員になっている方が多い。

 日頃その研究員の先生方と接し様々な話を伺っていると,このような方々の意見こそ教育改革に反映する必要があると痛感する。現職時には立場上言えなかったことが今は言えるということがある。それは教育職に限らずどんな職域でも言えることである。私の経験でも,大学に在職していた時には言えなかったことも今は言えるということもある。自由に言える立場の経験者の叡知に学び,そこから教育改革を進めていく必要がある。

 東研の主任研究員の先生方の発言には,長い教員生活から得られた叡知が込められている。本来ならば,このような声こそ教育改革に活かすべきだと思う。だが,現実的には教育行政でこのような声が反映される場所は極めて限られてしまっている。

 ならば,どこでこのような先生方の声を反映させることができるか? それは本研究所に置かれている12の研究委員会である。主任研究員のミッションは,自らの長い教員生活で育んできた蓄積を「シェア」することである。韓国ドラマの中の話だが,「なぜ学問をするのか?」と言う問いに対して,王子が「それは“分ける”ことです」と答える場面があった。学問をするという機会に恵まれた人の責務は,その蓄積を多くの民に分け与えることだと言うのである。ドラマとはいえこれは見事な問答だと思った。

 長い教員生活を通して蓄積された叡知を後続の若い世代の教員たちに「分けて」いくというミッションを研究員は持っている。そのために東研の研究は行われるのである。権威におぼれず,素直に教育現実を直視し,そこから得られた叡知を研究委員会で紡いでほしい。その成果は必ず我が国の学校現場活性化に貢献することになろう。

 もともと東京教育研究所は東京書籍の教科書編集の基礎資料を得るために設立された組織であった。しかし,今や全国の学校現場を担っている教員たちにより良い教育実践を遂行するための叡知を届けるのがミッションと言えるまでにその活動場面と役割を広げてきている。学校現場に希望と活力を届けるのが東京教育研究所のミッションである。ささやかであっても,日本の子どもたちの未来のために,学校教育の改善への指針を築いていきたい。

 教育を語ることは未来を語ること,未来を語ることは希望を語ることである。

東京教育研究所の成り立ち

 東京教育研究所は,昭和28(1953)年7月20日,東書文庫所在地(北区栄町)に教育研究機関として設立された。設立の目的は,教科書の編集に必要な基礎資料を得るためであり,特に国語,社会,算数,理科の4教科についての基礎的な調査研究を行うことにあった。

設立当時の理事は,次の9名であった。

柳田國男(学士院,芸術院)土岐善麿(国語審議会)茅 誠司(東京大学)服部静夫(東京大学)海後宗臣(東京大学)村上俊亮(東京学芸大学)彌永昌吉(東京大学)三村征雄(東京大学)藤田貞次(東京書籍取締役)
 設立当初は東京書籍の編集部からの委嘱事項について調査研究したが,昭和29年から理事の 柳田國男の提唱により,「国語教育における聞き方指導の研究」を開始した。この調査研究は,日本では未開拓の分野だけに,画期的なものとして各方面から注目された。また,アメリカ,ソ連をはじめとする外国の教科書の研究も,各方面から期待が寄せられた。それらの研究報告書は,昭和31年から37年まで28冊となった。その後,研究所再発足後の研究報告書は,『東教研研究報告』として昭和54年1月(№1)から継続して発行され,平成24年5月に№ 241まで発行された。

 なお,昭和40年代初めごろまで,理科標本の陳列ケースを廊下に設け,チョウやガの昆虫標本約800点と鉱石標本約150点を展示・公開していた。

 さらに,昭和30(1955)年7月には,国語教育の作文の復興を願い,児童の作品を収集することを目的として,全国の小学校児童から作文を募集し,その入選作品を集録した『こども文集』第1集を,昭和31年に出版した。それ以来,毎年続けて,昭和38(1963)年第8集の出版をもって一応の区切りをつけた。この文集の内容は,理科的な観察記録,社会的な調査記録であり,当研究所独自のものとして,その教育的な意識が高く評価された。

 東京書籍の機関誌は,当初,昭和23(1948)年9月に『教育復興』(A5判・32P)として創刊された。これは,教科書会社の研究機関として昭和23年4月に設立された新日本教育文化研究所から発刊され,昭和26年夏まで,戦後の混乱期の教育の進むべき方向を探った。その後,昭和27年1月『教室の窓』(総合版)が,装いも新たに教養に資する教科の指導に役立つ“教室の友”として創刊された。当初,その編集は教科書編集部で行い,昭和28年7月に東京教育研究所が設立されてからは,本研究所で編集・発行を行った。

 昭和34(1959)年6月には,『教室の窓』中学国語・社会・数学・科学を各B5判8ページで編集・発行し,以後,昭和37(1962)年5月からは高校通信東書国語・倫理社会政治経済・日本史・地理と順次発行し,18の冊子の発行に至る先駆けとなった。

 また,昭和41年には,東書文庫開設30周年記念出版として,教育シリーズを企画し,B6判64 〜 84ページほどの「国語教材の100年」(昭和41年12月15日発行),「算数教材の100年」(昭和42年4月30日発行),「道徳教材の100年」(昭和42年6月1日発行)の3冊を刊行した。

 その後,東京教育研究所は,表面的にはまとまった研究活動を休止していたが,理事会は毎年開催され,教育および教科書のあり方について,より高い立場からの意見の交換が行われてきた。その間,資料の整備,継続生物生態調査,教科書の挿絵の研究など,教科書編集上の調査研究の指導や助言が継続して行われた。昭和50年以降は,従来の理事会に新しく教科書の監修者を加えて顧問会議とした。

再発足したころ

 教育を取り巻く環境の変化は,それまでよりも激しく,価値の多様化が進んできた。昭和51(1976)年12月には,「小学校,中学校及び高等学校の教育課程の基準について」の答申がなされ,これを受けて,昭和52年7月に小・中学校の学習指導要領,翌年8月には高等学校の学習指導要領が告示され,教科書および教材類が全面的に改訂されることとなった。このような教育界の動きの中で,研究所の実効ある活動の再開が待たれていた。

 昭和53年は,東京教育研究所の創設25周年にあたり,この機会に新しい体制を整えて再発足することとなった。4月28日,東書文庫内に設けられた研究所で主任研究員,地方分室長,東京書籍の鈴木和夫社長をはじめとする役員が集まり,新しい出発を祝った。

 ちなみに,東京教育研究所の所在地は,設立当時の北区栄町から,昭和51年春には,東書ビルの完成に伴って台東区の本社社屋に入った。その後,昭和63(1988)年12月末,文京区本駒込6丁目の第二ビルに移った。現在は,北区堀船2丁目の東京書籍本社社屋に入っている。

現在の活動

 近年,東京教育研究所の現状と問題点について議論を重ねてきた。研究テーマや研究活動計画を組織的に検討し,研究機関として機能を高め,さらに,「学びの基礎研究」や「教育内容・方法・形態および今日的な教育課題に関する調査・研究」と「教育実践のサポート」を柱とする拠点に位置付けるために,東京教育研究所の組織改革が検討された。

 平成20(2008)年4月に,東京教育研究所の中核となる運営委員会と本部を首都圏に置き,首都圏を除く七つの支社には東研分室を設置して,組織の改編を行った。さらに,運営委員会と本部の下に三つの部会(学校経営部会・教員研修部会・研究開発部会)を設置して,すべての主任研究員は三つの部会のいずれかに所属することとした。喫緊の教育課題などについて,各主任研究員は主体的に組織・運営する研究委員会などで研究活動を行っている。すべての研究成果の概要は年度の研究報告書としてまとめるとともに,各研究委員会の研究成果は冊子にまとめたり,ホームページに掲載したりするなど,公表している。

 組織の改編に伴い,東京教育研究所の所長には谷川彰英(当時筑波大学副学長)が就任した。谷川所長を中心に,首都圏の主任研究員などで構成する運営委員会を定例会議として行い,研究を深めている。

 改編後の東京教育研究所の「研究の構造」として,テーマおよび基本理念は以下のとおりである。

東京教育研究所の「研究の構造」

 上のテーマおよび基本理念を堅持しつつ,今後の東京教育研究所は,研究所としての独自性を堅持するとともに,シンクタンク機能,コンサルティング機能,人材バンク機能が発揮できる役割を担い,学校教育に関する調査研究,教員研修に関する調査研究,東京書籍の各事業部門からの委嘱研究,行政・研究団体・大学・企業等との連携に努め,教育界の発展に広く寄与していきたい。

研究報告書および「東研情報」「Edu News」の刊行について

 再発足した昭和53年ごろ,東京教育研究所の研究報告書は,研究テーマごとに,ほぼ年間5回にわたる研究会を開いて,実践的な活動を行い,その成果をまとめたものであった。しかし,教育環境の変化に対応した,タイムリーな現場指導に関する教育情報・資料の提供を求める声が高まってきた。

 そこで,このような要望にこたえるため,「東研情報」を発行することになった。「東研情報」は,多くの教職員の方々からのご協力を得て,昭和57(1982)年1月から年3回〜5回で編集・発行した。B5判で8ページから12ページという簡便で手ごろな実用記事は,読者の方から歓迎された。平成3年6月の時点で,「学校経営」が48号,「国語」・「社会」・「算数」・「理科」が各38号を数えるにいたった。

 また,ほかに,平成3(1991)年4月で「音楽」が13号,「道徳」が12号を数え,関西分室発行の「学校経営」が13号を,同「学年・学級経営」が14号を数えた。

 その後,「東研情報」の整理・統合が行われた。平成20(2008)年4月より「東研情報」の発行は「学校経営」が小学校と中学校の統合版になった。A4判12ページの冊子として,義務教育における小学校と中学校の関連・連携を視野に入れたテーマを企画会議において設定し,現在,年3回(4月・9月・1月)の発行を続けている。平成26(2014)年9月号で通巻すると,「学校経営」小学校が117号,中学校が40号になった。

 平成17(2005)年1月より,教育行政向けの情報誌として「Edu News」を発行している。「EduNews」は,その時々の教育ニュースについて,教育系新聞の記事を「文部科学省情報」「地方教育行政情報」などに分類してまとめて掲載したもので,年6回,奇数月に発行している。平成26(2014)年11月号で60号が発行された。

 各教科の研究報告書は平成11(1999)年4月をもって区切りをつけ,学校が教育全般の課題に取り組むための指針となるよう,年間2冊の「現代学校経営シリ−ズ」と,その時々の教育課題などに対応した「特別課題シリ−ズ」に力を入れることにした。

 平成20(2008)年4月に組織の改編に伴い,学校経営部会,教員研修部会,研究開発部会の3つの部会を設置し,研究を深めてきた。

 平成29年度は,学校経営部会には学校経営研究委員会 I,学校経営研究委員会 II の二つがあり,現代学校経営シリーズとして今日的な学校課題に対する学校の道標となる研究報告書を作成している。小中連携一貫教育研究委員会,東研情報として情報を発信している。教員研修部会には授業力改善研究委員会,国語教育研究委員会,生活科教育研究委員会,保健体育教育研究委員会,研究開発部会には「特別な教科 道徳」研究委員会,教育課題実践研究委員会,特別支援教育研究委員会があり,差し迫った新学習指導要領に即した内容の研究にも意欲的に取り組んでいる。基本的には年度末に成果物として報告書を刊行し,ホームページ上でも公開をしている。

「現代学校経営シリーズ」を国立国会図書館に寄贈

 昭和62年12月に創刊した「現代学校経営シリ−ズ」は,No.59の最新刊まで,長きにわたって全国の小学校・中学校の学校経営に携わる多くの先生方にご愛読いただいた。この度,国立国会図書館より,「国立国会図書館法(昭和23年法律第5号)に基づき,文化財の蓄積及びその利用に資することを目的とし,同法に定められた納本制度に基づいた国内刊行出版物の収集」として,同シリ−ズの冊子について納入要請の連絡を頂戴し,寄贈させていただいた。

東京教育研究所のホームページ

 平成21年(2009)年5月にホームページを立ち上げ,東京教育研究所の研究報告書を広く周知させるため,ホームページ上で公開することとした。近年発行した研究報告書のほか,各分室・研究委員会からの発信,「Edu News」・「東研情報」の紙面や「Edu News」の最終ページに掲載している「教育キーワード」もアーカイブスとして公開している。